【ネタバレ注意】「百合園セイア」の絆ストーリー(通常/水着)及びエデン条約編に関連したシナリオの内容を含みます。
セイアちゃんの水着絆ストーリーを読んだ私はこう思いました。
「あれ?ティーパーティーめんどくさい子ランキング一位ってセイアちゃん……?」
こんなに甘えるしイタズラもする子だったのか、と意外に思う反面どこか納得も出来たのです。
という事で今回はセイアちゃんってこうだったのかなぁという私の感想をそう思った場面と共に語っていきます。
歌が好きな理由
今回の水着イベントでも触れられていましたが、セイアちゃんはお歌が好きです。
その理由は通常衣装セイアの絆ストーリーEP04で語られており

セイア絆ストーリー EP04「夢見る雛鳥はいつかの巣立ちに歌を捧ぐ」 より
つい周りを不快にさせてしまう言葉を選んでしまう自分を何とかしたくて、誤解されずに「本当の気持ち」を伝えるための唯一の手段だったからです。
となれば今回セイアが披露した歌も、好きな歌もシティポップなのも納得がいきます。皆に伝わりやすく親しまれ、多くの人が共感できる感情や景色を歌うのがポップですからね。本当の感情を素直に伝えたいセイアにはぴったりです。
ミカがイベントアルバムでセイアの選曲センスについて「ちょいダサだね☆」と言っているのも、ミカにとっては「ただ伝えればいいだけなのに」くらいの感性だからなのかなーとまで考えるのは想像を広げ過ぎでしょうか。
自由すぎるよセイア(水着)ちゃん!
ということで次は水着絆ストーリーのお話です。
EP01では「手のかかる生徒になって面倒かけて困らせるのたまんねー!癖になるー!」(意訳)と先生を振り回し、
EP02では先生の「どこでも、好きなだけどうぞ」に対して水着姿のまま先生の膝の上に座ります。

水着セイア絆ストーリー EP03「最後の瞬間」 より
そしてEP3ではバレバレの表題で呼びつけたもののもっとお話ししたくて会話のための会話をしてしまいます。
冒頭でも言いましたが自由すぎませんか今回のセイアちゃん。ミカのモモトークが可愛く見えてくるレベル。
純粋無垢に羽目を外して、悪戯を咎められ、ときには叱られる――
まるで、手のかかる生徒のようにね。
-中略-
今まで見過ごしていたことが惜しまれるよ。
だが、遅きに失するという程でもあるまい……これは、いよいよ癖になりそうだね。
※セイア(水着)絆ストーリーEP01「移ろいゆくもの」より
「今まで見過ごしていたことが惜しまれるよ」には、こんな風に誰かを困らせるまで純粋にハメを外した事ないのかもなぁと思わずにはいられません。
言の葉で覆い隠した本心は歌でなんとか伝えようとするし、安心できる誰かに無邪気に甘えるのは恐らく初めて。
普段どれだけ「自分」を隠し、抑え、塗り固めているのか分かるような気がして、となれば水着で夏で信頼できる先生の前ならこのくらいはっちゃけるか。そうかな。そうかも。となった水着絆でした。

セイア絆ストーリーEP02「慣れないことを重ねて」
安心してセイアちゃん。未来の君近づいてるどころじゃない。
子供みたいな意地
さて突然ですがエデン条約編に話は戻ります。

エデン条約編4章26話「これからの私たち」 より
エデン初見時、私は「子供みたいな意地」がどうにもピンと来ていませんでした。
というのも当時の私にとってセイアは「卓越した視点を持つ年長者」のように感じていたからです。恥ずかしながらも白状すればエデン4章冒頭でミカと対面した時、動転して最もいけないことを口走ってしまった彼女を見て私は「舞台装置になっちゃったかー」とまで思ってました。
そんな事言うキャラじゃないでしょ、と思ってしまったんですね。
だからこの「子供みたいな意地」についても、「上手く立ち回るために謝るくらいなんてことなさそうなのに」くらいに考えていました。ナギサが代理ホストを務めるまでは元々外交周りはセイアの役割だったわけですし。大人になれない自分を恥じて「子供みたいな」なのかな~などとぼんやり思っていたのです。
でも今回の水着絆や通常衣装の絆ストーリーを読んで何故「子供みたいな意地」と言うのか。どうしてそれに邪魔されてしまうのか。分かった気がしたのです。
ここまで読まれた方はもう何が言いたいか察されているかもしれません。
似てるんです。
セイアちゃんは言葉に隠して表に出せない自分の本心を、歌を使う事でやっと伝える事ができました。
その傍らには自分の感情が一番大事と言い、それを率直に言葉や行動に表して人と接する子がいました。
セイアちゃんはようやく信頼できる人に無邪気に甘えられるようになりました。
隣ではしゃいでたあの子はナギサも周囲も全力で振り回していつもわがまま放題でした。
こう考えた時「子供みたいな意地」という表現がこれ以上ないくらいぴたりと、パズルの最後の1枚のように噛み合った感覚を得たのです。
つまり、羨ましかったのではと。
自分が持っていないものを持っているあの子が。だから言葉で強く当たってしまうし、謝れない。だからこそ「子供みたいな意地」なんじゃないでしょうか。
そう考えるとCode:Box冒頭の負けず嫌い感はずっとあったものだったんだなとも思えます。
でもよくよく考えてみたらそうですよね。悲劇の結末を見るのが怖くて夢の狭間から出られなくもなるし、「子供みたいな意地」で謝ることも出来ない。異常事態には取り乱して一番言ってはいけないことを言ってしまう。
私が思っていたような卓越した存在なんかじゃなく、ずーっと、ずーっと普通の子だったんです。
それに気づいたら今まで以上にセイアちゃんに親しみが湧いてきました。
だから今回の水着絆でのはっちゃけっぷりも愛おしいんです。だってようやく自分をさらけ出せているんですから。そりゃめんどくさい子にだってなります。なったみたかったんですもの。
心から楽しそうにはしゃいでいる子を、いつも隣で見ていたんですもの。
おわりに|気の置けなくなったティーパーティー
今回の水着セイアちゃんのお話を見た時、私はどうしてもミカが頭から離れませんでした。
先生を引きずり回し振り回すその破天荒っぷりはミカ以上じゃない!?と思いましたし、EP03の「会話を続けるための会話をする」という言葉にもアイスブレイクから始める会話得意な子いたなぁと常にちらついてました。
なんでこんなに既視感があるんだろう?と思った理由を言語化してみましたがいかがだったでしょうか。
私の中でセイアちゃんの解像度およびエデンの納得度はグンと上がったので個人的には満足してる解釈です。
そして満足と言えば忘れてはいけない水着セイアEP04。

水着セイア絆ストーリー EP04「心地よい距離を探して」 より
ミカ絆はミカの物語として完成し、セイア絆はセイアの物語としてもティーパーティーとしても完成しました。
セイアちゃんの皮肉を二人が適当に受け流すようになり、セイアちゃんがミカを「やり方こそ稚拙で拙いが、その根底にあるものは実にまっすぐだからね」と評したのにはもう満面の笑みです。今なら楽園に辿り着いた者の真実だって証明できる気がします。
本当に満足度の高い水着イベント、水着絆でした。
最近こればっかり言っている気もしますが、ライターさん本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
それでは今回はこの辺で。

水着セイア絆ストーリー EP01「移ろいゆくもの」 より
あ゛っ―――!!(歯を見せた笑みが癖な先生の断末魔)
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